
AKIKO ISHIGAKI, LIVING LEGEND OF JAPANESE CRAFTS
島で暮らし、伝統と生きる─染色家・石垣昭子を訪ねて
Photography: Hinano Kimoto/Words: Ben Davis
西表島の豊かな自然環境に開かれた“紅露工房”を構える石垣昭子さんは、 八重山に受け継がれる工芸の伝統を守るだけでなく、 それらをファッションやデザインの分野と結びつける役割を果たしてきた。
「自然との共生を口にする人もいるけど、私はそれは正しいとは思わない」と、西表島の上原地区にある工房から窓の外を見やりながら、石垣昭子さんは言う。「自然は人間よりはるかに大きいでしょう。私たちは自然に先んじるべきではなく、むしろ常に自然の視点から学ばなければいけないんです。なにしろ自然は、人間がここに来るより何万年も前から存在していたんだから」。 初夏の湿気を帯びた西表の空気に包まれた中、ユウナ (島のハイビスカス) の樹の間でそよ風がささやく。時折額の汗を拭いながら、石垣さんは織機のひとつに向かい、八重山ミンサーの「五つと四つの絣」の模様に独自の工夫を加えて織り上げる。「島民は昔からイリオモテヤマネコを山の神だと信じているの。野生の猫に出会うと、豊作を祈ってきた。そんな伝承が、この島にはいくつもあります」。 1938年に西表島からほど近い竹富島で生まれた石垣さんは、東京で学び、京都で修行を積んだ後、竹富の技法で織り続けている。「祖母の機に初めて座ったときは、まだ小学生で、足がペダルに届きもしなかった」と石垣さんは笑う。「織り手になろうと特別に思っていたわけではないの。日常の一部だったから」。“紅露工房”の物語は1980年、今は亡き夫・西表島出身の石垣金星さんとともに工房を開いたことから始まる。それから50年にわたり、金星さんとともに、西表の織物と染色の伝統の再興、伝統衣装の修復、島の手工芸の拠点づくりに重要な役割を果たしてきた。石垣さんは、日本のファッション業界とも関わってきた。 1992年には三宅一生とコラボレーションし、 1998年にはテキスタイルデザイナーの真木千秋、ファッションデザイナーの真砂三千代と共に自身のブランド「真南風 (まーぱい) 」を共同設立した。

「竹富島は芸能や歌、舞踊、伝統に富んだ小さな島だけど、自然はあまり残っていない」と86歳の石垣さんは言う。「一方で西表にやって来たとき、人間の文化は消えかけていたけど、自然はあふれていた」。当時、 19世紀末から1960年まで操業した石炭産業の影響は、西表島の経済だけでなく暮らしぶりにも影を落としていた。工房近くの浦内川からほど近い場所では、鬱蒼とした森を抜けて宇多良炭坑へと続く小道がある。「炭鉱が閉じたあと、夫は島の文化を甦らせようと試みました。ここには驚くほど多くの植物と天然染料があり、その多くは沖縄本島にも存在しないものばかり。だから私たちはそれに注目したの」と彼女は言う。「この島では農業だけでは生きていけない。夫は、日々の暮らしの文化こそが最も強い力になりうると信じていたんです」。 日本の他の織物産地では分業が一般的だが、石垣さんは生産の全工程を手掛ける。それは、織物や染色に必要な原材料を生み出す環境そのものを育てることにまで及ぶ。織りが行われる平屋の工房の外に広がる、庭、田畑、山、干潟は原料の宝庫となっている。繊維用の苧麻や糸芭蕉、蚕を育てる桑の木が育ち、藍や蓼藍、紅露 (染物芋) 、マングローブは染料となる。山は染色に不可欠な清らかな水と山菜をもたらし、水田は今も島民の自給自足の暮らしにおいて重要だ。

こうした環境から生まれるのは、ヒルギの真紅、フクギの黄金色、藍の深い色合いに至るまで、島の空気そのものを漂わせる豊かな色彩の織物だ。この“色の創造”は、伝統的な「海晒し」という工程で頂点に達する。「海は沖縄の生活と深く結びついていて、かつては沖縄のあちこちで海ざらしが行われていた。でも、海水が汚れていくにつれて、次第に廃れていったの」と石垣さんは説明する。「海晒し」は、工房近くの干潟にあるヒルギの回廊で行われる。石垣さんと金星さんが長年かけてヒルギを植え、手入れしてきた“海晒しの道”は、織物を洗い、浸す場所だ。淡水と海水が混ざる汽水は、色素とマグネシウムなどのミネラルを定着させると同時に、布に防腐効果をもたらす。「西表島でしかできない工程ね」と話す石垣さん。「この工程こそが、自然環境がまだ健全だということを教えてくれる」。 島の年長の職人として、次世代の織り手たちに知恵を伝えることに誇りを持っている。ここ数年で移住してきた若者の指導に加えて、国内外の学生を迎え入れるワークショップにも取り組む。紅露工房はまた、伝統的な織物や染色技術、天然素材、環境問題など幅広い分野の研究者の関心も集めている。それでも地域に暮らす一人として、石垣さんは島の生活の中心となる祭礼のための伝統衣装の製作と、その修復を続けることに情熱を注ぎ続けている。 500年の歴史を持つ節祭 (シチ)もその一つだ。この祭りは旧暦の10月前後に執り行われ、豊作への感謝と健康を祈願する。「みんなで集まり、夜な夜な教えあい、祭りのための衣装を作り続ける。毎年一つ衣装を作り続けるうちに、こう考えるようになったんです。これが私にとってのライフワークで、授けられた使命だと」


Issue No.1
The Yaeyama Islands



