THE NEW JAPAN

From Tokyo to Takamatsu on the Last of the Sleeper Trains

最後の寝台列車で、東京から高松へ

Illustrations: Ayaka Takase/Words: Kenji Hall

便利さを手放した先にある、ロマンティックな旅路

出発まで、あと40分。私は東京駅のホームに並んでいた。1月半ばの月曜日、21時を過ぎた氷点下の夜。数分おきに、スーツケースを引いた旅行者が無言の列に加わっていく。私たちが待っているのは、ある特別な列車だ─寝台特急サンライズ瀬戸とサンライズ出雲。連結された状態で東京を出発し、途中で切り離される双子の夜行列車である。こんなに早く来る必要は、本来ない。出発は21時50分で、列車はまだ到着していない。しかも全席指定で完売済み。私は寝台個室を確保していた─2号車27番。出発の数分前に到着すれば問題はなかった。だが、そうしたらこの興奮が少し失われてしまう。切符は入手困難で、次にいつこんな機会が巡ってくるかわからない。何も見逃さないよう、私はToDoリストまで作っていた。この体験の第一幕は、列車がホームに入線する瞬間を待つことなのだ。 目的地は高松。四国の北東部、瀬戸内海に面した港町だ。サンライズ瀬戸に惹かれたのは、その旅路のロマンだった。9時間をかけて夜を走る、どこか時代がかった鉄道の旅。東京で眠りにつき、800キロ先で、水平線に朝日が昇る頃に目を覚ます。それはまるでタイムトラベル。ここで目を閉じたら、あちらで開く。 1998年にJRがサンライズ瀬戸とサンライズ出雲を投入したとき、寝台列車の需要はすでに下り坂だった。飛行機や新幹線と同じ値段なのに、はるかに遅い。緊縮財政と経済停滞、効率最優先の時代にあって、それは不合理な選択だった。サンライズにひとつだけ残された実用上の利点─最終の新幹線や国内線のあとに出発し、朝イチの便よりも早く目的地に着けること。現在、サンライズ瀬戸とサンライズ出雲は、毎日運行する日本唯一の寝台列車だ。COVID-19の影響で一時的に乗客は減ったが、観光ブームに沸く昨今の日本では、乗車日の1 ヶ月前に予約受付が始まると、数時間で完売する。そして寝台列車が息を吹き返す兆しもある。2027年春、JR東日本は東京と北日本を結ぶ夜行列車のリニューアル運行を試験的に開始する予定で、最大4名が横になれるフラットシートの個室が導入される。

サンライズ瀬戸に乗るのは、これが二度目だった。8年前、当時まだ5歳だった息子とふたり、2段ベッドの個室を占領した。特別なことをしたわけではない─本を読み、窓の外を眺め、翌日の計画を立てた─それだけだ。だが私たちはいまだに、あれが人生最高の冒険のひとつだったと話す。とはいえ、今回の乗車をただ眠って過ごすつもりはなかった。 ToDoリストには予定を詰め込んだ。ラウンジでほかの乗客と言葉を交わし、廊下を散策し、ベッドで本を読み、大きな窓から星座を探したい。朝の6時40分には飛び起きて、岡山駅で列車がふたつに切り離される7分間を見届け、瀬戸内海に昇る朝日を眺めるつもりだった。そして、シャワーも浴びたかった。走る列車の中でシャワーを浴びたことがなかったからだ。サンライズ瀬戸は150名以上の乗客を運ぶが、シャワーに使える水は20回分しかない。4号車の自動販売機で1枚330円の“シャワーカード”を素早く手に入れる必要があった。ホームに早く並んだのには、これもひとつの理由だった。9時半、列車が東京駅に滑り込んでくるのを見て、心が躍った。ドアが開いて数分後、私は意気揚々としていた─シャワーカードを手にしていたのだ。

午前5時半、姫路駅に到着する頃、シャワーの時間だ。カードで使えるのは6分間の温水。「停止」と「開始」のボタンがついたカウントダウン時計が、残り時間を正確に教えてくれる。早起きのおかげで、岡山駅に停車したときにコートと靴をひっかけて外に出る時間も十分にあった。ここでサンライズ瀬戸とサンライズ出雲が袂を分かつ。ヘルメットにオレンジの上着を着た作業員たちが14両編成の列車を切り離すのを見届けたとき、旅の転換点を感じた。ここから列車は南に向きを変え、空が白み始めるなか、瀬戸大橋を渡っていく。パジャマのままベッドに起き上がり、寝ぼけまなこで瀬戸内海の暗く波立つ水面を見つめる以上に素晴らしいことがあるだろうか? 午前7時ごろ、列車は人けのない高松駅に滑り込んだ。ぴんと張った空気に、ディーゼルの匂いと潮の香りが混じっていた。改札口の近く、線路は車止めで途切れていた。駅の電光掲示板に、サンライズ瀬戸の文字はどこにもなかった。ここでは、この列車の存在は取り立てて語るほどのことではないらしい。だが私たち乗客は知っていた。私たちは、夜行列車こそが列島を飛び回る手段だった時代へと、運ばれてきたのだ。数分後、電車のブレーキ音と、朝一番の通勤客たちの足音のこだまが、駅の静寂を破った。

Article